家族にカミングスゥーーーーン
今回は家族にカミングアウトしたときのお話を書きます。
カミングアウトしたきっかけは、当時ジェンダークリニックとして通っていた病院の先生(針間先生)に言えって言われたからです。
いつか言わなければと思ってはいたので、多少の覚悟はありましたが、それはそれは緊張したのを覚えています。
最初にカミングアウトしたのは姉でした。
当時姉は僕にとって一番信頼のおける人でした。
カミングアウトしたときも、非常に落ち着いて聞いてくれて、針間先生に会って話を聞いてくれたり、本を読んで勉強してくれたりしました。
名前を改名するときは一緒に名前を考えてくれたりもしました。
ただ、
「私の妹がいなくなるのは本当に寂しい」と言っていました。
それから音信不通です。
その次に兄にカミングアウトしました。
「お前が彼氏を紹介してくる方がキモイわい。」って言ってくれました。
僕は幼稚園くらいの時から異常なボーイッシュだったので、気付いてくれていたようです。
「俺の友達にもお前みたいなレズビアンの友達がいる」と言ってくれました。
「いや、兄貴よ。俺はレズビアンではないんです。」兄貴は理解できていないようでした。
その次に母親に言いました。
大激怒でした。
「訴えてやる!!!」とダチョウ倶楽部バリに叫んでました。
それから音信不通でした。
その次に父親にカミングアウトしました。
その時の父親は色々あってひどく落ち込んでいたので、
娘からそんな大事なことを告げられたことがうれしかったようで、
「応援している」とガッチリ握手してくれました。
また、
「俺ニューハーフとエッチしそうになったけど、やっぱケツが女と違うから最後までできなかったよ。だからケツには気をつけろよ!!」とわけわからんアドバイスまでもらいました。
それから亡くなりました。
父親の葬儀をきっかけに母親とは和解し、今では仲良いです。
兄ともなかなか会えませんが、会えば仲良いです。
姉はいまだに音信不通ですが、そもそもそんな人でした。
家族に言えないから、家族が傷つくから
と言って、自分を犠牲に面白くない人生をネガティブに生きるのではなく、
例え家族を捨ててでも
前向きポジティブになれる人生を選びました。
まー、そん時は自立していて特に親がいなくても生活できてましたので。
僕の経験からすると
家族なんで、一度壊れてもどうにかなります。
ほんの少しのわだかまりは残りますが。(母親に裏切られた感が僕にある感じ)
子供も初孫ということもあってか想像以上に喜んでくれています。
そんな僕のカミングアウト物語でした。
これからカミングアウトをするかたの参考になれば幸いです。(ならねーよ!!!!!)